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人生の終わりに備えて置く

私の終活

私の終活(12)救い主イエス・キリスト

  神は人を本来のあるべき状態に戻すために、イエス・キリストをこの世に遣わされた。それがクリスマスである。

 イエス・キリストは、この世から出た者ではなく、天地万物の創造主である神の御子であって、神の国から来臨されたのである。そして、イエス・キリストはマリアの胎に宿り、人と等しい御姿でお生まれになられ神の国の福音を宣べ伝えられた。

 主イエス・キリストは罪の贖いの供え物となられ、十字架に掛けられて死んで、墓に葬られたのである。しかし、イエス・キリストは予告通り、三日目に死人の中から復活され天に昇られ、神の右に座して御子の栄光を回復されたのである。

 神はイエス・キリストを死人の復活の初穂とされたのである。神はイエス・キリストを信じ従って死ぬ者の罪を全て赦し死人の中から復活させ御国へと迎え入れて下さるのである。

 主イエス・キリストは、私たちの先祖が罪を犯して神と断絶した状態を十字架に死んで罪を贖うことにより、神と人の和解を成し遂げて下さったのである。全人の故郷である神の国の扉は、主イエス・キリストの死と復活によって開かれたのである。 

 私たちの死ぬことへの不安や恐れは、死の意味を知らず、死んで何処に行くのかを知らなかったことに起因するのである。

 主イエス・キリストは十字架の死と復活によって、私たちの死の不安と恐れを取り除いて下さった。従って誰でも、主イエスを信じ従う者は死の恐れを取り除かれて平安にされ復活の希望を持って死ねるのである。

 

ー聖句ー

 「 また、わたしは天からこう告げる声を聞いた。「書き記せ。『今から後、主に結ばれて死ぬ人は幸いである』と。」“霊”も言う。「然り。彼らは労苦を解かれて、安らぎを得る。その行いが報われるからである。」                              

                         黙示録14章13節 

 「わたしの父の御心は、子を見て信じる者が皆永遠の命を得ることであり、わたしがその人を終わりの日に復活させることだからである。」

                          ヨハネ6章40節 

 「イエスは言われた。「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。」            ヨハネ11章25節                  

  「 イエスが死んで復活されたと、わたしたちは信じています。神は同じように、イエスを信じて眠りについた人たちをも、イエスと一緒に導き出してくださいます。」              一テサロ4章14節